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2023.09.09

響灘沖ROV観測試験報告

 9月上旬に,福岡県北九州市響灘沖にある浮体式洋上風車「ひびき」に乗船した.平日いっぱいを予定していた計画が台風のために実施できず,土曜日に延長した末の乗船だった.

 目的はROVを使用した係留索の測位で,幸い土曜日午前は凪いでおり実験目標は全て達成できた.

 本稿では,この観測の概要をレポートしたい. 


「ひびき」について

 観測そのものについて語る前に,「ひびき」について軽く触れておこう.


運転中の「ひびき」 (筆者撮影)


 我々が乗船した「ひびき」は浮体式洋上風車だ.洋上風車とは,海上に設置された風車のことを指す.そして,「浮体式」は,風車が海上に浮かぶ浮体の上に設置されていることを意味する.浮体であること,つまり海底から離れて浮いていることを活かして,水深の大きな海域に設置されるのが浮体式洋上風車だ.もちろん浮体式ではない洋上風車も存在しており,こちらは「着床式」と呼ばれる.この場合は海底からタワーのような構造物を建て,その上に風車を乗せる構造になる.水深50~60m程度までの浅い海域が設置可能エリアだ.

 着床式の洋上風車は,すでに日本全国に普及している.例を挙げると,秋田県の秋田港,能代港には,すでに合計140MWのウィンドファームが建設され,電力網に接続されている.

 また、我々が訪れた響灘においても,港湾でのウィンドファーム開発が進められている.これについては,また後で紹介しよう.

 一方で,浮体式洋上風車はまだまだ珍しい.世界的に見ても,実証実験プロジェクトから商用利用に漕ぎつけた例はあるものの,初めから商用として建てられたケースは皆無だろう.しかしながら,広大な海洋空間を利用可能であるため導入ポテンシャルは大きく,世界各地で盛んに研究が行われている.

 「ひびき」は浮体式洋上風車の低コスト化に向けた研究プロジェクトである,「次世代浮体式洋上風力発電システム実証研究」の一環で建設された.すでに「ひびき」を利用した様々な研究が行われており,本研究もその一つだ.


観測内容

 このプロジェクトは巻俊宏研究室,株式会社FullDepth,平林紳一郎研究室の共同研究であり,前2者がROV(Remotely Operated Vehicle)を運用する.平林研究室はROVで観測したデータの解析を担当し,最終的な目標は係留索のモニタリングシステムの構築だ.

 ROVとは,遠隔操作型の無人潜水機を指す.有線ないし無線によって船上などから操作されるロボットで,人間が到達できない深海の探査,安価な水中探査などに利用される.また,今回のような係留索や,海底ケーブルなどの海中構造物のモニタリング手段として利用するための技術開発も進められている.

 今回の観測においては,巻研究室,FullDepthの両組織がそれぞれROVを投入する予定だった.しかし,荒天により巻研究室のTri-TON,BUTTORIという2台が稼働した。運用に際しては巻研究室メンバー総出でメンテナンスやオペレーションを遂行しており,本実験の成果は彼らのハードワークの結晶だ.観測詳細については,巻研究室などから発表されるだろう.


Tri-TON (筆者撮影)


BUTTORI (筆者撮影)


 余談だが,Tri-TONの名前はもともとハルが3本あったことが由来だそうだ.公開されている写真も3本のものが多い.しかしながら,度重なる改良の結果として大幅にスリム化し,現在は上下2本のハルのみで構成されている.名前と実際が矛盾しているが,このROVのもつ歴史を物語っているようで興味深い.

 ROV運用に際しては,作業船に据え付けられたクレーンを使用して甲板から吊り上げ,海上に投入した.港湾内であったり凪いでいたりという場合は問題ないのだが,少し波が高くなってくると途端に吊られたROVが空中で大きく揺れる.そのような状況下でROVを無事に運用できたのは,クレーンオペレーターの方と作業船船員の皆さんの安定したチームワークによるものが大きいだろう.


ROV投入 (筆者撮影)


 平林研メンバーはROV運用の補助や実験の記録を行った.

平林研メンバーによるROV運用補助 (平林先生撮影)


高塔山公園にて

 最後に直接的なつながりはないものの,非常に印象深い風景があったので紹介しよう.


高塔山公園より① (研究室メンバー上野撮影)


 高塔山公園より② (筆者撮影)


 1枚目は若松市街の外れにある高塔山公園からの風景だ.倉庫や作業船が並ぶ港湾が見える.また,中央には着床式洋上風車の土台と思しき構造物もある.これは,記事前半で言及した響灘の港湾内に設置される着床式洋上風車の基礎だろう.

 次の動画で、少し離れた沖合に風車が1基あるのがお分かりいただけるだろうか.これは我々が観測のために訪れた「ひびき」だ.遠目にも回っているのが見て取れる.

 近い将来,「ひびき」の2倍以上の直径を持つ浮体式洋上風車が数十基,数百基という単位で並ぶことになるのだろう.風を捕まえる,といえば実行不可能なものの例えだった.しかしながら,2050年には日本の電源の3分の1が風力発電になるとされている.科学の進歩である.

この記事を書いた人
金子 直生 (修士課程)
KANEKO, Naoki

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